辛いことがあっても、ほんのすこしのいいことがあるから頑張れた
10年以上前になるでしょうか(遠い目)
観光地のホテルの清掃の仕事をしていました。華やかなフロントの仕事とは違い、清掃は裏方そのものです。(決してふてくされて言っているわけではなく)
直接お会いしないお客様が少しでもこの部屋でくつろいでいただけますように。私が育ったこの街を好きになっていただけますように。またこのホテルに、この街に来ていただけるように。タオルやティッシュの補充ひとつでさえ、見えないおもてなしの心を添えてセットしていました。(私、基本仕事は真面目なんです)
大浴場の清掃は、体力勝負です。冬場は、意外と暖かいから楽と思われがちですが、暖かいのはお湯をはった状態であって、清掃の時間は湯船のお湯を抜いているためかなり冷えます。膝をついて、床の隅々まで目を光らせブラシでこすります。膝を硬い床に長い時間つけたままでは痛むので、サポーターを装着しながらの仕事です。
時間に制限があり、特に広い湯船にお湯がつかるまで時間がかかるため、準備にもたもたしては次のお客様が来てしまいます。どんなに心を尽くしても、厳しいご意見をいただくこともあります。こちらの落ち度の場合もあるので、その点は丁寧にお詫びしますが、中にはいわれのない内容もありました。
私の場合、清掃担当者はホテル職員ではなく、外部委託でしたので、私はホテル職員ではありませんでした。お客様からのご意見は、ホテルから外部委託業者に届き、私たちは自分の所属の外部委託業者から指導を受けました。
正直、見に覚えのないことには憤りを感じ、お客様の言い分だけを聞いて謝罪してしまったホテルと委託業者側には怒りしか覚えないときも多々ありました。私が悲しかったのは、お客様が外出中に清掃に入り、戻られたお客様から金品がなくなっていると言われたことです。私は決して金品に手を触れてはいませんが、お客様の言葉が全て正しいと判断されたときは反論の機会が与えられず、悲しい思いをしました。
しかし、悲しい出来事以上に、お客様からの感謝の言葉で頑張れた気がします。 客室清掃をすると、清掃担当者の名前を記すカードがありました。「本日こちらのお部屋の清掃は○○が担当いたしました」と書いてあります。翌日お客様がチェックアウト後に清掃に行くと、「○○さんのおかげで、快適に過ごせました。ありがとう、また来ます」と書かれていたときは、嬉しくて涙が止まりませんでした。
辛いことがあっても、ほんのすこしのいいことがあるから頑張れた気がしています。あのときのカードは、私の宝物になっています。清掃中、窓から外を見ると、ちょうどチェックアウトされた方たちを乗せたバスが出ていくときがあります。私もバスに向かい、見えないでしょうが一礼します。道中無事でのお帰りと、またのお越しを心から願います。
ホテル館内で、突然外国人のお客様にお声をかけられることもあります。難しい内容はフロントに引き継ぎますが、ジュースの自動販売機の前で小銭を見せられ、「買うにはどうしたらいいの?」というジェスチャーをされると、日本語しかできない私もジェスチャーで返します。お互い身ぶり手振りで意志疎通を図り、通じた際のお互いの笑顔がまた嬉しく、ホテルの清掃の仕事をして得るものは多々あるなぁとつくづく思います。